会社の設立や決算時によく聞く言葉に「資本金」がありますね。
株式会社であれば株式を発行して複数の人から資本金を集めたり、事業の運転資金となるお金です。
さて、この資本金ですが個人事業主やフリーランスの人は開業時にどうなさったでしょうか?
よくよく考えてみるとある程度まとまったお金は用意したけどそれを資本金として何か処理した覚えはない。
とか、そもそもそんなこと気にせずに開業した、という人も多いでしょう。
結論、厳密にいえば個人事業主には資本金はありません。
資本金は会社、法人の事業に関するお金のことです。
それでは、個人事業主の事業の運転資金はなんでしょうか。
皆さんは税務署に提出する青色申告決算書や、融資を受けるときに金融機関などへ提出する残高試算表などに「元入金」という勘定科目があるのをご存知でしょうか。
この「元入金」がいわゆる個人事業主やフリーランスにとって資本金にあたるものになります。
「元入金」について十分理解できていないという人も多いでしょう。
ここでは個人事業主の「元入金」についてご紹介します。
ポイントは
・元入金は増減するもの
・「開業時の最初の資金」
「開業日からの利益や損失の累計」
「事業主勘定の累計」
の合計が元入金
・事業のお金をプライベートに使う時は「事業主貸」で処理
・事業以外のプライベートのお金を事業に使う時は「事業主借」で処理
・元入金の処理をすることで事業の利益を個人のお金とはっきり区別することができる
・元入金と資本金では手続きなどの拘束力が違い、その為、社会的信用度にも違いがある
以上の点を要点に説明していきます。
「元入金」「事業主貸」「事業主借」といった科目は個人事業の会計上重要ですのでここでしっかり理解しておきましょう。
元入金はいろいろな性質を持っています。
それぞれの性質を理解していないと、元入金の数字がどこから導かれたのか、何を示しているのかを把握できません。
元入金とは、次の3つの合計金額です。
開業時の最初の資金
開業日からの利益や損失の累計
事業主勘定の累計
それぞれについて、くわしく見ていきましょう。
元入金は個人事業を開業するときに用意した資金を表します。
事業を開始する前には事業用のお金は存在しません。
そのため「元入金」という勘定科目を使って表現します。
例)事業を開始するにあたって、事業用の現金100万円を用意した。
仕訳は以下のとおりです。
借方勘定科目 |
借方金額 |
貸方勘定科目 |
貸方金額 |
摘要 |
現金 |
100万円 |
元入金 |
100万円 |
事業用資金 |
元入金は資金だけではなく、事業を開始するときに用意した車などの資産にも使います。
例)事業を開始するにあたって、事業用の車150万円を用意した。
仕訳は以下のとおりです。
借方勘定科目 |
借方金額 |
貸方勘定科目 |
貸方金額 |
摘要 |
車両運搬具 |
150万円 |
元入金 |
150万円 |
事業用車両 |
※同じように、個人の資金を事業に使ったことを表す勘定科目に「事業主借」や「事業主貸」などの事業主勘定があります。
元入金と事業主勘定は、どちらも事業と関係ないプライベートの資金を、事業用に使ったときに使用する勘定科目ですが、
違いはプライベートの資金を出資したタイミングです。
元入金は、事業を開始するタイミングでプライベートの資金を出資した場合のみ使います。
事業主勘定は、事業を開始した後でプライベートの資金を出資した場合に使います。
上記の例が事業開始後の場合の仕訳は次のようになります。
例)事業開始後、プライベートのお金で、事業用の現金100万円を用意した。
仕訳は以下のとおりです。
借方勘定科目 |
借方金額 |
貸方勘定科目 |
貸方金額 |
摘要 |
現金 |
100万円 |
事業主借 |
100万円 |
事業用資金 |
例)事業を開始後に、プライベートのお金で、事業用の車150万円を用意した。
仕訳は以下のとおりです。
借方勘定科目 |
借方金額 |
貸方勘定科目 |
貸方金額 |
摘要 |
車両運搬具 |
150万円 |
事業主借 |
150万円 |
事業用車両 |
元入金は、開業時の最初の資金だけでなく、開業日からの利益や損失の累計を表します。
その年に出た利益や損失は、年度末(正確には翌年度の期首)に元入金に集計されます。
今は帳面付けや、会計ソフトで仕訳の入力などをすることは少なくなりましたが、厳密にいうと次のような仕訳が行われます。
・利益が100万円の場合
借方勘定科目 |
借方金額 |
貸方勘定科目 |
貸方金額 |
摘要 |
当期利益 |
100万円 |
元入金 |
100万円 |
当期利益 |
・損失が100万円の場合
借方勘定科目 |
借方金額 |
貸方勘定科目 |
貸方金額 |
摘要 |
元入金 |
100万円 |
当期利益(損失) |
100万円 |
当期損失 |
元入金の3つ目の性質は、事業主勘定の累計です。
利益や損失だけでなく、事業主借(個人のお金を事業に使うときの科目)や
事業主貸(生活費のように事業のお金をプライベートに使うときの科目)は、年度末(正確には翌年度の期首)に元入金に集計されます。
こちらも今は帳面付けや、会計ソフトで仕訳の入力などをすることは少なくなりましたが、
厳密にいうと次のような仕訳が行われます。
・事業主借の年度末残高が100万円の場合
借方勘定科目 |
借方金額 |
貸方勘定科目 |
貸方金額 |
摘要 |
事業主借 |
100万円 |
元入金 |
100万円 |
振替仕訳 |
・事業主貸の年度末残高が100万円の場合
借方勘定科目 |
借方金額 |
貸方勘定科目 |
貸方金額 |
摘要 |
元入金 |
100万円 |
事業主貸 |
100万円 |
振替仕訳 |
事業主借や事業主貸は元入金に集計され、翌年度の期首には残高0円から始まります。
そのため、青色申告決算書の4ページ「貸借対照表」では期首(1月1日)の事業主借や事業主貸の欄には斜線が引かれ、記載できないようになっています。
元入金は①~③の合計金額と述べました。計算式は次のとおりです。
「開業時に用意した元入金+過去の利益-過去の損失+事業主借-事業主貸」
また、期末の元入金を基に翌年度期首の元入金の数字を計算する式は、次のとおりです。
「期末の元入金の額+利益(または「-損失」)+期末の事業主借-期末の事業主貸」
※青色申告の場合、利益は青色申告特別控除前の所得になります。
個人事業主は、法人のように個人のお金と会社(事業)のお金を明確に区別していない場合が多いです。
事業のお金が足りなくなると、プライベートのお金を使いますし、事業の利益で生活するための生活費も必要です。
税金を計算するためには、もともと1つであった個人のお金や利益を明確に区別する必要があります。
そのための便宜上の科目として、元入金があります。
よく、元入金の金額が大きかったり、マイナスになっていたりすると、計算が間違っているのではないかという声を聞きます。
上記で見たとおり、元入金には利益や損失、事業主借や事業主貸が影響します。
利益が多く出ていたり、毎年少しずつの利益でも何十年と事業を続けたりすれば元入金は年々多くなりますし、逆に損失が出ているとマイナスになります。
そのため、元入金の金額が大きかったり、マイナスになっていたりしても問題はありません。
ただし、特別な理由がないのに、前年度より大幅に元入金の金額に増減がある場合は、帳簿付けや仕訳の入力などが間違えている可能性があるので、注意してください。
元入金は法人でいうところの資本金と同じようなもの、といわれることがあります。
では、資本金と元入金にはどのような違いがあるのでしょうか。ここではその違いについて解説します。
法人と個人事業主では、事業を開始するときの手続きに大きな違いがあります。
資本金と元入金の違いを理解するためには、この手続きを理解する必要があります。
・個人事業主の場合
個人事業主の場合、事業を開始するときには、税務署に「開業届」を提出します。
いくらの元手を用意したといった、資金の面で何か提出することはありません。
そのため、元入金を最初に必ず用意しなければいけないということはありません。
自分で開業したいと思いたったときに、開業することができます。
・法人の場合
法人の場合、開業にはいろいろなステップがあります。
法人の場合も税務署に「設立届」を提出するのですが、その提出の前に法務局で設立した旨の登記(設立登記)をする必要があります。
この登記をして、初めて法人として認められます。この設立登記をするためにはさまざまな書類を用意する必要があります。
主な書類は、会社の決まり事を決めた定款や、資本金が口座にあることを証明するための通帳のコピーなどが必要です。
つまり、最初に必ず資本金を用意しておかなければいけません。
資本金と元入金では、対外的な信用度は違います。
資本金は法務局で口座にあったことが確認できているので、その資金を集めるだけの力があるという信頼になります。
元入金も最初に用意した元手などで構成されていますし、金額が大きければ利益が出ている可能性が高いのですが、
公的な機関で証明されているものではないので、資本金ほどの対外的な信頼度はないでしょう。
個人事業主が事業にプライベートのお金を貸したらどうなるでしょうか。
この場合、もともと個人の1つのお金を利益や税金の計算をするために、事業用とプライベート用に分けているだけなので、借入金という概念がありません。
そのため事業用から個人事業主に返金する必要はありません。
一旦、事業主借で処理し、最終的に元入金に組み込まれ、元入金の金額が増えます。
例)プライベートのお金100万円を事業用に貸し付けた
・貸付時の仕訳
借方勘定科目 |
借方金額 |
貸方勘定科目 |
貸方金額 |
摘要 |
現金 |
100万円 |
事業主借 |
100万円 |
事業用資金 |
・決算時の仕訳
借方勘定科目 |
借方金額 |
貸方勘定科目 |
貸方金額 |
摘要 |
事業主借 |
100万円 |
元入金 |
100万円 |
振替仕訳 |
一方、会社の代表者が法人にお金を貸したらどうなるでしょうか。
この場合は、資本金は増えません。
会社から見ると、あくまで社長からの借入金です。社長に返金するまで、ずっと借入金として残高が残ってしまいます。
例)法人が社長から100万円の借り入れをした
借方勘定科目 |
借方金額 |
貸方勘定科目 |
貸方金額 |
摘要 |
現金 |
100万円 |
(役員)借入金 |
100万円 |
社長より借入 |
資本金を増やすためには、増資行います。
つまり会社の株を新たに発行したり、法務局にその旨の登記をしたりと手間がかかります。
資本金と元入金は、事業を開始するために用意する資金ということでは同じ性質を持ちます。
しかし、資本金は元入金に比べて拘束力が強く、その金額が変動するときは法務局での登記なども必要となるため、対外的な信頼度が高まります。
元入金は最初の元手だけでなく、利益などによってもその金額は変動します。
そのため、対外的な信頼度は低いですが、拘束力も低いため、普段は元入金のことを気にせず帳簿付けできますね。
今回は個人事業主の元入金について解説しました。
元入金は、
①開業時の最初の資金
②開業日からの利益や損失の累計
③事業主勘定の累計
の3つの性質を持ちます。
そして決算書などに表示される金額は、この3つの合計金額です。
元入金の金額は、利益や損失などの影響を受けるため金額が大きくなったり、マイナスになったりすることもありますが、問題ありません。
ただし、特別な理由がないのに、前年度より大幅に元入金の金額に増減がある場合は注意しましょう。
資本金と元入金は、「事業を開始するために用意する資金」という点では同じ性質を持ちますが、
資本金のほうが強い拘束力があり、対外的な信頼度も高いです。
元入金は拘束力がない分そこまで気を使う必要のないものと言えます。
確定申告、特に青色申告をするときは、貸借対照表も税務署に提出する必要があります。
貸借対照表には元入金の残高も記載する箇所があります。税務署に提出する前には、この記事を参考に元入金の性質を理解し、元入金が適正な数字になっているかどうか確認しましょう。